オレが無言で煮込んでいた鍋を覗き込んで、阿部は無言で勝手にハヤシライスのルウを入れた。
カレーのつもりだったんだけど、と言うと、カレーにしては具が小さすぎると返された。そのままふたりで無言でカレーになるはずだったハヤシライスが沸騰しているのを見ていた。
「カレーが食いたかったんなら悪かった」
暫くして阿部はそう言った。言われてはじめて考えてみるが、オレはいま全然カレーなんか食べたくはなかった。ならなんで作ったんだろう。もちろんハヤシライスが食べたいとも思っていなかったが。
「いや、いいんだ」
そう言うと、阿部はオレの顔を見たのだが、変わらずオレはどんどん煮込まれて具がルウに溶けていく様をずっと見ていた。
そのままで数分間を過ごした。
ふと阿部の顔を見返す。阿部は少し構えて、でも視線が揺るがないように顎を引いた。
「こんなにお前に見られること、ないな」
笑うと阿部はますます真剣な顔をした。
「そうでもない」
嘘をつけ、と思う。オレが色々なことを視線で伝えようとしても大抵はうっとおしそうに無視するくせに。
「もう寝よーぜ」
阿部は丁寧な声色で言った。
「夕飯は」
「あとで腹減ったら、起きて食べる」
阿部はコンロを止めて、オレの背中を軽く押して寝室まで歩き出す。
「寝るって一緒に?」
「そうしたけりゃそうしてやる」
「優しいな、珍しく」
「そうでもないだろ」
電気をつけないままベッドに並んで腰掛けた。
「なんかしてほしいことある」
殺し文句だなと内心苦笑しながら、そうだなじゃあキスしてほしい、と言うと、阿部は無言で口の端にキスしてくれた。窓の外の光と反射して、暗闇の中で両方の白目がキラキラ光っていた。
「もっと」
「嫌だ」
そう言ったのに、阿部は乗り出してさっきよりも深く口付けてきた。それに応えて、身体を引き寄せて倒れ込んで舌を喉の奥まで差し入れて絡ませあった。
全くもって本質的じゃないこの行為を、夢中で行うオレ達はなんて無駄な存在だ。落ち込みながら、後退しながら、怯えながら、ただ生きている。
何かあったなら話せば。
そう聞かれるのは明日の朝かな。ベッドの中で、それとも朝食には少し重いハヤシライスを囲んでか。ああでも、冷蔵庫に入れなきゃ朝には痛んでるかも。いや結構煮込んだから大丈夫か。
「お前って自分勝手だよな」
阿部が苦しそうにそう言ったので、少しむっとして返す。
「お前に言われたくない」
「…そんなにカレーが良かったか」
不思議なもので、そう言われるとカレーが食べたかった気になってきた。
「そうだよ」
「嘘つけ」
やっぱり阿部の方が一枚上手だ。
このままでいいのか。そんな深刻な疑心をさらりと逃がす。どんな時もオレはただ生きていて、そのことに意味などない。阿部といることにだって意味などない。主観的な理由ならあるけれど。
カレーがルウひとつでハヤシライスに変わってしまうように、いつだって本当のことなんてないも同然だ。
カレーのつもりだったんだけど、と言うと、カレーにしては具が小さすぎると返された。そのままふたりで無言でカレーになるはずだったハヤシライスが沸騰しているのを見ていた。
「カレーが食いたかったんなら悪かった」
暫くして阿部はそう言った。言われてはじめて考えてみるが、オレはいま全然カレーなんか食べたくはなかった。ならなんで作ったんだろう。もちろんハヤシライスが食べたいとも思っていなかったが。
「いや、いいんだ」
そう言うと、阿部はオレの顔を見たのだが、変わらずオレはどんどん煮込まれて具がルウに溶けていく様をずっと見ていた。
そのままで数分間を過ごした。
ふと阿部の顔を見返す。阿部は少し構えて、でも視線が揺るがないように顎を引いた。
「こんなにお前に見られること、ないな」
笑うと阿部はますます真剣な顔をした。
「そうでもない」
嘘をつけ、と思う。オレが色々なことを視線で伝えようとしても大抵はうっとおしそうに無視するくせに。
「もう寝よーぜ」
阿部は丁寧な声色で言った。
「夕飯は」
「あとで腹減ったら、起きて食べる」
阿部はコンロを止めて、オレの背中を軽く押して寝室まで歩き出す。
「寝るって一緒に?」
「そうしたけりゃそうしてやる」
「優しいな、珍しく」
「そうでもないだろ」
電気をつけないままベッドに並んで腰掛けた。
「なんかしてほしいことある」
殺し文句だなと内心苦笑しながら、そうだなじゃあキスしてほしい、と言うと、阿部は無言で口の端にキスしてくれた。窓の外の光と反射して、暗闇の中で両方の白目がキラキラ光っていた。
「もっと」
「嫌だ」
そう言ったのに、阿部は乗り出してさっきよりも深く口付けてきた。それに応えて、身体を引き寄せて倒れ込んで舌を喉の奥まで差し入れて絡ませあった。
全くもって本質的じゃないこの行為を、夢中で行うオレ達はなんて無駄な存在だ。落ち込みながら、後退しながら、怯えながら、ただ生きている。
何かあったなら話せば。
そう聞かれるのは明日の朝かな。ベッドの中で、それとも朝食には少し重いハヤシライスを囲んでか。ああでも、冷蔵庫に入れなきゃ朝には痛んでるかも。いや結構煮込んだから大丈夫か。
「お前って自分勝手だよな」
阿部が苦しそうにそう言ったので、少しむっとして返す。
「お前に言われたくない」
「…そんなにカレーが良かったか」
不思議なもので、そう言われるとカレーが食べたかった気になってきた。
「そうだよ」
「嘘つけ」
やっぱり阿部の方が一枚上手だ。
このままでいいのか。そんな深刻な疑心をさらりと逃がす。どんな時もオレはただ生きていて、そのことに意味などない。阿部といることにだって意味などない。主観的な理由ならあるけれど。
カレーがルウひとつでハヤシライスに変わってしまうように、いつだって本当のことなんてないも同然だ。